- 前田俊博
- 宮里悠平
- 下門祐二
- エンジニア対談 山根×山川


大学2年次のとき、経済の授業で社長の比屋根の講義を聞いたのが最初の出会いですね。熱いトークの中で「ITで沖縄を変える!」という本気の想いを感じ、ファンになりました。講義の後すぐに名刺をもらいに行き、後日前田と大学の友人と3人でレキサスを訪問しました。
その後、比屋根が発起人となった社会貢献プロジェクト(IT frogs)を立ち上げる際に、学生スタッフとして誘いを受けました。「一緒に沖縄を変えよう!」というメールをもらったことは今でも忘れません! もちろん迷うことなく返信を送り、前田と一緒にIT frogsを企画・運営しました。当時は大学でビジネス系のサークル活動をしていたのですが、「学生のネットワークの中で動くよりも、社会人を巻き込んで動いてみたほうがより自分自身の成長になる」と思い、レキサスにアルバイトとして入社しました。

その後、スタッフとしても関わっていたIT frogsで選抜メンバーの枠を勝ち取ることができ、2週間シリコンバレーに行く機会がありました。シリコンバレーはとにかく衝撃の連続でしたね。2週間は短かすぎたので、帰国後、すぐに大学を休学して、英語を勉強しながらシリコンバレーに行く方法を模索しました。
当時、運良く「産業人材育成事業」(「旧グローバルベンチャースピリット人材育成事業」)という助成制度を見つけることができたので、比屋根に相談して、レキサスの従業員として助成を受け、シリコンバレーに行ってレキサスのオフィス立ち上げ準備や人脈づくりを担わせてもらいました。今考えても、「想えば叶う」の一言につきますね。

シリコンバレーでは、企業も世界中から優秀な技術者を集めて世界規模のビジネスを展開しています。なかでも、中国、台湾、インド、韓国を始めとするアジア諸国からの移民が多数を占めており、まさに世界の縮図をみている感じでした。
そのような多国籍な環境で生活をしていると、自分自身が日本人、沖縄人であることを意識するようになり、組織の一員ではなく一個人としての自分を強く持つようになりました。また、世界中の情報にアンテナをはり、常にグローバルな視点で物事を考えるようにもなりましたね。

また、シリコンバレーと日本を比べた大きな違いは『エンジニア天国』だということ。エンジニアの地位が日本と格段に違うし、エンジニアはみんな尊敬されているんです。シリコンバレーに行くとやっぱりエンジニアになりたいな、って思いますね。会う人会う人がすごいエンジニアばかりで、そういった人たちとの交流の中で仕事観やビジョンの持ち方を学べたことは、とても大きな財産だと思っています。
エンジニアはシリコンバレーを目指すべきですよ。できれば価値観が柔軟な若いうちに。必ず多くの刺激が得られるはずです。とにかく、言葉で言ってもわからないので、とりあえず行ってみろの一言ですね。レキサスにはそのチャンスがあるので、これを活用しない手はないですよ。

帰国後は雇用形態にはとらわれず、このままやりたいことを追求していこうと考えていたんですが、自分の今後のビジョンも含めてじっくり考慮した結果、レキサスに入社しようと決意しました。成長の定義は人によって違うと思いますが、年齢に関係なくチャレンジさせてくれるレキサスは、どこよりも成長できる会社だと思っています。
レキサスに入社を決めた大きな理由は、「海外ビジネス」という自分の行きたい方向に進めると思ったから。夢の実現のために現在は米軍基地内のメリーランド大学に通っています。コンピュータ・サイエンスを専攻していて、授業は平日夜間と週末に行われます。英語力の向上とコンピュータ・サイエンスの専門性を身に付け、どこに行っても自分ブランドを確立できる人材になりたい、という想いがモチベーションになっています。一度っきりの人生なので、将来は自分の事業を起こしたいですが、当面の目標はレキサスの海外事業を任せてもらうことですね。これは本当にゼロからの立ち上げになるので、ぜひやりたいと思っています。

